活動報告

物質・情報卓越教育院 第5回 最先端研究セミナー開催

物質・情報卓越教育院では、2024年8月8日(木)に、オンラインにて「東工大 物質・情報卓越教育院 第5回最先端研究セミナー」を開催しました。

最先端研究セミナーは、第一線の研究者の方をお招きして、情報科学と物質科学の最先端の話題を基本から分かりやすく解説していただくシリーズ企画です。

第5回目となる本セミナーでは、神谷 利夫教授(東京工業大学 国際先駆研究機構 元素戦略MDX研究センター)と北尾 彰朗教授(東京工業大学 生命理工学院)にご講演いただきました。本セミナーは、情報科学と物質科学の最先端を広く一般の方に知っていただくため、一般公開セミナーとして開催されました。セミナー当日は、企業関係者や学内の学生・教職員、学外の研究者など多くの方にご参加いただき、盛況のうちに終了しました。

<第1部>「新半導体材料研究と計算科学」

神谷 利夫(東京工業大学 国際先駆研究機構 元素戦略MDX研究センター 教授)

第1部では、「新半導体材料研究と計算科学」と題し、神谷先生の研究室で取り組まれている計算・データ科学、プログラム開発や、どのように計算科学を新半導体開発に利用しているかについてご紹介いただきました。

現在では、重原子を含む無機材料でも第一原理計算は当たり前の研究手段となり、最近では非調和フォノン計算、欠陥計算など、はるかに複雑な計算も必須になってきています。神谷先生の研究室では、その他に半導体・デバイスシミュレーションやデータ科学も利用し、それらの結果を実験にフィードバックして、新材料の開発に取り組まれています。本セミナーでは、アモルファス(非結晶)酸化物半導体の薄膜トランジスタ(TFT)の材料選択から実用化までの非晶質物質の構造解析について分かりやすく解説いただきました。

「酸化物は一般的にもろく、電気を流さないという特徴があるが、曲がる酸化物や、電気を流す酸化物もたくさんある。バンドギャップが大きいため、半導体としては使いにくいが、結晶構造のバリエーションが多彩で、使い方によってはシリコンよりも優れた半導体デバイスを作ることができる。また、シリコン半導体を低温で作るのは非常に難しいが、酸化物半導体は室温でも作製可能というメリットもある。」といいます。

2000年には東京工業大学の応用セラミックス研究所にて、共同研究者である細野秀雄教授が新材料a-IGZOの発見に成功しました。その後、2003年から酸化亜鉛TFTの研究がリバイバルして活発になり、それと競争するように2004年にa-IGZO TFTの論文が発表されました。その後、実用化に向けて研究が進められ、2012年からは液晶ディスプレイなどの製品の一般販売が開始されました。昔の液晶TVにはアモルファスシリコン(a-Si)が使われていましたが、大型化すると動作速度に限界があるa-Siは使えないため、電子の移動度が大きい高性能なトランジスタが必要になります。現在では、大型有機ELテレビにもa-IGZO TFTが使用されています。

本セミナーでは、どのようにマテリアルズインフォマティクス(MI)を新半導体開発に利用しているかについてもご説明いただきました。

また、神谷先生が代表として現在進められている研究開発プロジェクト「智慧とデータが拓くエレクトロニクス新材料開発拠点(D2MatE)」で取り組まれている機械学習、大規模言語モデルなどの人工知能 (LLM) を取り込んだマテリアルDX (MDX)システムの開発についてもご紹介いただいました。従来のマテリアルズインフォマティクスに人工知能などの新たな手法を取り入れたMDXシステムを構築することで、今後さらに革新的なエレクトロニクス材料の開発が進むことが期待されます。

参加者の声

  • マテリアルズインフォマティクス(MI)を実際に扱ったことがない初心者でも情報工学と材料研究を融合せた分野の重要性が理解でき、意義深い時間となりました。MIを学ぶモチベーションにつながりました。
  • なぜ酸化物に着目したかということの経緯や、酸化物ならではのメリットを活かすといった研究の方針がわかってよかったです。
  • 半導体科学技術開発における計算科学、機械学習の手法についてもっと知りたいと思いました。

<第2部>「先端分子シミュレーションで探る生体分子の出会いと別れ」

北尾 彰朗(東京工業大学 生命理工学院 教授)

第2部では、分子シミュレーションの概要と先端分子シミュレーション(PaCS-MD)で明らかになってきた生体分子の出会いや別れの詳細な過程とその生命における役割についてご紹介いただきました。

近年、電子計算機の計算量の増加により、分子動力学(MD)シミュレーションなど様々な分子シミュレーションの手法が開発されてきました。MDシミュレーションで観察可能な時間は長くてもマイクロ秒からミリ秒程度であるため、それより長い時間をかけて起こる反応を計算することは非常に難しい課題でした。北尾先生の研究室では、多数の「分子動力学(MD)シミュレーション」を実行し、上手く行った状態から条件を変えてシミュレーションを再実行するサイクルを繰り返すことで、長時間現象を短時間の計算で観察できる「並列カスケード選択分子動力学(PaCS-MD)シミュレーション」とそれを解析するためのMSM(マルコフ状態モデル)法の開発に取り組まれています。本セミナーでは、PaCS-MDとその応用について詳しく解説いただきました。

「生命現象を担っている多様な生体分子は、他の分子と相互作用することで様々な役割を果たし、また分子複合体から解離することで機能を変化させている。この仕組みを詳しく知ることは生命現象の基礎科学的解明に重要であり、創薬などの応用にも繋がっていく。分子動力学に代表される分子シミュレーションを更に発展させることで、このような過渡的なプロセスを生体分子の原子解像度の変化として計算機上で詳しく調べることが可能になってきた。実験では直接観察しにくい複合体形成から解離に至る過程もシミュレーションで観察可能になった。」といいます。

現在、北尾先生の研究室では、PaCS-MDからMSMまでを容易に行うためのツールキット「PaCS-Toolkit」の開発に取り組まれています。今後、PaCS-MDの手法をさらに発展させ、さらに予測精度が高く、計算速度の速い分子シミュレーションの手法が開発されることが期待されます。

参加者の声

  • 生体分子の相互作用の研究の最先端を垣間見ることができて、大変興味深かったです。
  • 専門分野が異なりましたが、複雑な生体分子の挙動や分子動力学(MD)における着眼点など、わかりやすく説明いただき、大変勉強になりました。
  • 分子の結合状態についてマルコフ過程を用いて解析しているところが興味深かった。そこから、現実的にどのように応用されているか、あるいはその可能性があるかについても興味を持ちました。

本セミナーにご参加いただいた皆様へ

この度は、多くの方にご参加いただき、誠にありがとうございました。
本セミナーはシリーズ企画であり、年に1~2回の頻度で開催いたします。物質と情報の最先端の情報を、第一線でご活躍する著名な先生方にご講演いただきます。今後も、皆様にとって有益でかつ、最新の話題を提供して参りますので、次回以降もぜひ最先端研究セミナーにご参加ください。

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連絡先 東京科学大学 物質・情報卓越教育院事務室
tac-mi[at]jim.titech.ac.jp